ハイレベルな場所で優勝した力士達
大相撲は場所によって優勝する難易度が変わります。
例えば、優勝ラインが高かったり、横綱や大関が多く出場している場所は優勝するハードルが高くなります。反対に、優勝ラインが低かったり、横綱や大関に在位している力士の人数が少なかったり、横綱や大関の休場者が多く出た場所では優勝するハードルが低くなります。
したがって様々な条件が重なれば超ハイレベルな場所になることがたまにあります。私はそのような厳しい場所で優勝した力士について興味があったので調べてみました。
条件は横綱戦と大関戦での対戦回数の合計が5回以上(優勝決定戦を除く)、かつ優勝同点または優勝次点が13勝以上とします。
対象になるのは15日制で開催された全ての場所です。それは戦前に15日制で行われた1939年5月場所~1944年1月場所と、15日制が定置した1949年5月場所以降です。
☆1949年 夏場所(5月)
【優勝】 増位山(大関)
〖成績〗 13勝2敗
〈優勝同点〉 13勝2敗{羽嶋山(前頭17)}
☆1951年 春場所(1月)
〖成績〗15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 13勝2敗{吉葉山(関脇)、三根山(関脇)}
☆1962年 秋場所(9月)
〖成績〗 13勝2敗
☆1963年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
[横綱戦] なし
[大関戦] 〇栃光、〇栃ノ海、〇北葉山、〇豊山(初代)、〇佐田乃山
☆1963年 秋場所(9月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1964年 初場所(1月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 14勝1敗{清國(前頭13)}
☆1964年 春場所(3月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1964年 秋場所(9月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1967年 春場所
〖成績〗 14勝1敗
〈優勝次点〉 13勝2敗 {大鵬(横綱)、陸奥嵐(前頭14)}
☆1970年 九州場所(11月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1971年 初場所(1月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1977年 春場所(3月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
[横綱戦] 〇輪島
[大関戦] 〇貴ノ花、〇若三杉(2代目)、〇魁傑、〇三重ノ海、〇旭國
☆1977年 名古屋場所(7月)
【優勝】 輪島(横綱)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1977年 秋場所(9月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
[横綱戦] 〇輪島
☆1977年 九州場所(11月)
【優勝】 輪島(横綱)
〖成績〗 14勝1敗
☆1978年 夏場所(5月)
〖成績〗 14勝1敗
〈優勝同点〉 14勝1敗{若三杉(大関)}
[横綱戦] 〇輪島
☆1978年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 14勝1敗{輪島(横綱)}
☆1979年 名古屋場所(7月)
【優勝】 輪島(横綱)
〖成績〗 14勝1敗
☆1983年 九州場所(11月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1986年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 14勝1敗
〈優勝同点〉 14勝1敗{北尾(大関)}
[横綱戦] なし
☆1987年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1987年 秋場所(9月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1987年 九州場所(11月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1988年 初場所(1月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1988年 春場所(3月)
〖成績〗 13勝2敗
☆1990年 夏場所(5月)
〖成績〗 14勝1敗
☆2000年 夏場所(5月)
【優勝】 魁皇(小結)
〖成績〗 14勝1敗
☆2000年 九州場所(11月)
【優勝】 曙(横綱)
〖成績〗 14勝1敗
〈優勝次点〉 13勝2敗{琴光喜(前頭9)}
☆2001年 初場所(1月)
〖成績〗 14勝1敗
☆2001年 夏場所(5月)
〖成績〗 13勝2敗
☆2006年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 14勝1敗
[横綱戦] なし
☆2007年 春場所(3月)
〖成績〗 13勝2敗
☆2009年 初場所(1月)
〖成績〗 14勝1敗
[大関戦] 〇琴光喜、〇千代大海、〇琴欧洲、〇魁皇、〇日馬富士
☆2009年 夏場所(5月)
〖成績〗 14勝1敗
☆2009年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 14勝1敗
[大関戦] 〇日馬富士、〇琴欧洲、〇魁皇、⚫琴光喜、〇千代大海
☆2009年 秋場所(9月)
〖成績〗 14勝1敗
[大関戦] 〇琴欧洲、〇琴光喜、〇日馬富士、〇魁皇、〇千代大海
☆2012年 春場所(3月)
〖成績〗 13勝2敗
〈優勝同点〉 13勝2敗{鶴竜(関脇)}
[横綱戦] なし
[大関戦] 〇把瑠都、〇日馬富士、⚫稀勢の里、〇琴欧洲、〇琴奨菊
☆2012年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
[大関戦] 〇稀勢の里、〇琴奨菊、〇把瑠都、〇琴欧洲、〇鶴竜
☆2013年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆2016年 春場所(3月)
〖成績〗 14勝1敗
☆2016年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆2016年 秋場所(9月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 13勝2敗{遠藤(前頭14)}
※合計42回
昭和時代に25回、平成時代に17回
20世紀に28回、21世紀に14回
15日制で開催された場所は2020年3月場所時点で421場所なので、平均するとおよそ10場所に1回のペースでこのような場所になっています。
それでは更に条件を厳しくしたらどうなるのか調べてみます。
条件は横綱戦で複数回勝利、かつ横綱戦と大関戦での勝利数の合計が5勝以上(優勝決定戦を除く)、かつ優勝同点あるいは優勝次点が13勝以上とします。
対象になるのは15日制で開催された全ての場所です。それは戦前に15日制で行われた1939年5月場所~1944年1月場所と、15日制が定置した1949年5月場所以降です。
☆1951年 春場所(1月)
〖成績〗15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 13勝2敗{吉葉山(関脇)、三根山(関脇)}
☆1964年 春場所(3月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1978年 名古屋場所(7月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 14勝1敗{輪島(横綱)}
☆1983年 九州場所(11月)
〖成績〗 14勝1敗
☆1987年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆1987年 九州場所(11月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆2000年 九州場所(11月)
【優勝】 曙(横綱)
〖成績〗 14勝1敗
〈優勝次点〉 13勝2敗{琴光喜(前頭9)}
☆2016年 春場所(3月)
〖成績〗 14勝1敗
☆2016年 夏場所(5月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
☆2016年 秋場所(9月)
〖成績〗 15勝(全勝優勝)
〈優勝次点〉 13勝2敗{遠藤(前頭14)}
※合計10回
平均するとおよそ7年に1回のペースでこのような場所になっています。
しかし2016年に3回、1987年に2回あるので、一定の期間に集中的にこのような場所になるようです。
次に全勝優勝についてです。
全勝優勝は横綱でも滅多に経験出来ない快挙であり、15日制で開催された場所(1939年5月場所~1944年1月場所と15日制が定着した1949年5月場所以降)で全勝優勝を達成した力士は26人しかいません。
そんな全勝優勝を超ハイレベルな場所で達成した力士について調べてみました。
条件は全勝優勝を達成し、かつ横綱戦と大関戦の対戦回数が5回以上、かつ優勝次点が13勝以上とします。
〈優勝次点〉 13勝2敗{吉葉山(関脇)、三根山(関脇)}
[横綱戦] なし
[大関戦] 〇栃光、〇栃ノ海、〇北葉山、〇豊山(初代)、〇佐田乃山
〈優勝次点〉 14勝1敗{清國(前頭13)}
[横綱戦] 〇輪島
[大関戦] 〇貴ノ花、〇若三杉(2代目)、〇魁傑、〇三重ノ海、〇旭國
[横綱戦] 〇輪島
〈優勝次点〉 14勝1敗{輪島(横綱)}
[大関戦] 〇稀勢の里、〇琴奨菊、〇把瑠都、〇琴欧洲、〇鶴竜
〈優勝次点〉 13勝2敗{遠藤(前頭14)}
※計15回
平均するとおよそ28場所に1回のペースでこのような場所になっています。
朝乃山と豪栄道
★朝乃山
朝乃山には4つの幸運がある。
①大学時代から入門まで
大学時代には3年生まで目立った実績がなかったが、相撲界入りする際に重要な4年生で全日本相撲選手権大会で3位、国体成年の部4位になる。朝乃山が相撲界入りする直前に三段目最下位格付け出し制度が出来て、彼はその制度を利用して三段目からデビュー。同制度適用第一号。
②優勝
幕内では13勝以上が一度もなく、12勝が2回。そのうちの1場所(2019年夏場所)で優勝(横綱との対戦なし)し、それにより令和初の優勝力士となる。
しかもその場所の千秋楽で当時来日して大相撲観戦をしていたトランプ大統領から直接アメリカ合衆国大統領杯(トランプ杯)を受け取り、一躍時の人となる。
③年間最多勝
2019年は横綱や当時の大関が休場だらけで年間最多勝のラインが異常に低くなり、その恩恵を受けた結果当時小結だった朝乃山が史上最少勝利数(55勝)で年間最多勝を獲得する。
④大関昇進
大関取りでは当時の両横綱が高齢で休場が多く、大関は貴景勝1人しかいなかったことが追風となり、3場所32勝(不戦勝2つ含む)で大関昇進。
不戦勝の相手は横綱鶴竜と元大関高安だったので負けていた可能性も十分にあったから幸運だった。
横綱戦は3戦全敗だったが場所全体の相撲内容を評価された。
★豪栄道
彼の誇れる実績
・全勝優勝
・大関在位33場所(歴代10位)
・大関時代の勝利数260勝(最高位が大関の力士に限る、歴代10位)
・20連勝
・14場所連続関脇在位記録
| 初日 | 栃ノ心 (後の大関、優勝1回、年間最多勝1回) |
|
|---|---|---|
| 2日目 | 正代 (後の大関、優勝1回) |
|
| 3日目 | 栃煌山 (元関脇) |
|
| 4日目 | 貴ノ岩 (※前頭) |
|
| 5日目 | 宝富士 (※関脇) |
|
| 6日目 | 高安 (※関脇、後の大関) |
|
| 7日目 | 隠岐の海 (元関脇) |
|
| 8日目 | 嘉風 (元関脇) |
|
| 9日目 | 碧山 (元関脇) |
|
| 10日目 | 照ノ富士 (※大関、後の横綱、優勝10回:全勝優勝1回、年間最多勝1回) |
|
| 11日目 | 稀勢の里 (※大関、後の横綱、優勝2回、年間最多勝1回) |
|
| 12日目 | 鶴竜 (※横綱、優勝6回) |
|
| 13日目 | 日馬富士 (※横綱、優勝9回:全勝優勝3回) |
|
| 14日目 | 玉鷲 (後の関脇、優勝2回) |
|
| 千秋楽 | 琴奨菊 (※大関、優勝1回) |
※印は当時の番付
優勝10回、全勝優勝1回、年間最多勝1回で後の横綱である大関照ノ富士
後の大関である関脇高安
優勝2回で後の関脇である玉鷲
優勝1回で後の大関である正代
彼らの他にも貴ノ岩以外は全員元関脇か後の関脇、あるいは当時の関脇との対戦であった。そんな状況で全勝した。
この場所は横綱戦と大関戦の対戦回数が5回あり、優勝次点が13勝というハイレベルな場所であった。横綱戦と大関戦の対戦回数が5回以上(優勝決定戦を除く)あり、優勝次点が13勝以上という条件で優勝した力士は21世紀以降では横綱(後に横綱に昇進した力士も含む)以外は豪栄道しかいない。
また、横綱戦で複数人から勝利、かつ横綱戦と大関戦での勝利数が5勝以上(優勝決定戦を除く)、かつ優勝次点が13勝以上という条件で優勝した力士は15日制で開催された場所(1939年5月場所~1944年1月場所と15日制が定着した1949年5月場所以降)では合計10人しかいない。豪栄道と大乃国は大関でその他は全員横綱。ちなみに大乃国は後に横綱に昇進しているので最高位が大関なのは豪栄道だけである。
大関朝乃山は強運である
元大関豪栄道の各場所ごとの通算成績を振り返る
★初場所
通算成績 108勝107敗2休 勝率.502 (16場所)
幕内通算成績 97勝96敗2休 勝率.503 (13場所)
(1場所あたり7.5勝)
大関通算成績 42勝46敗2休 勝率.477 (6場所)
(1場所あたり7.2勝)
技能賞1回
金星1個(朝青龍)
★春場所
通算成績 116勝60敗18休 勝率.659 (14場所)
幕内通算成績 95勝 52敗 18休 勝率.646 (11場所)
(1場所あたり9.7勝)
大関通算成績 42勝24敗 9休 勝率.636 (5場所)
(1場所あたり9.5勝)
殊勲章1回
敢闘賞1回
序ノ口優勝1回(全勝)
[備考]
2011年は八百長問題により中止
★夏場所
通算成績 111勝91敗7休 勝率.550 (15場所)
幕内通算成績 95勝78敗7休 勝率.549 (12場所)
(1場所あたり8.2勝)
大関通算成績 38勝30敗7休 勝率.559 (5場所)
(1場所あたり8.4勝)
殊勲章2回
技能賞1回
[備考]
2011年は技量審査場所
通算成績 103勝83敗23休 勝率.554 (15場所)
幕内通算成績 80勝77敗23休 勝率.510 (11場所)
(1場所あたり7.6勝)
大関通算成績 36勝32敗7休 勝率.529 (5場所)
(1場所あたり7.9勝)
殊勲章1回
三段目優勝1回(全勝)
[備考]
2010年は野球賭博への関与発覚により出場停止
2014年名古屋場所後大関昇進
★秋場所
通算成績 146勝63敗 勝率.699 (15場所)
幕内通算成績 123勝57敗 勝率.683 (12場所)
(1場所あたり10.25勝)
大関通算成績 63勝27敗 勝率.700 (6場所)
(1場所あたり10.5勝)
幕内最高優勝1回(全勝)
殊勲章1回
敢闘賞2回
幕下優勝1回(全勝)
[備考]
2016年は史上初のカド番からの全勝優勝
2017年は優勝同点
負け越しは2015年のみ
休場なし
★九州場所
通算成績 112勝89敗16休 勝率.557 (15場所)
幕内通算成績 97勝82敗16休 勝率.542 (13場所)
(1場所あたり8.1勝)
大関通算成績 34勝25敗16休 勝率.576 (6場所)
(1場所あたり8.6勝)
技能賞1回
幕下優勝1回(全勝)
このような結果となりました。
秋場所ではまるで別人のような素晴らしい成績を叩き出しています。これは偶然か必然か。
地元の春場所も秋場所ほどではないにしろ比較的得意だったようです。
秋場所と春場所で活躍していたということは、つまり半年に一度の周期で活躍していたということになりますね。
それに対して初場所はかなり苦手だったようです。
結果的に引退場所にもなりました。
名古屋場所も苦手だったようで、大関時代には3度も負け越しています。
その影響で秋場所では大関だった全6場所中3回がカド番でした。あの全勝優勝した時もカド番でしたね。
夏場所と九州場所に関しては特に得意でもなく苦手でもなくといったところでしょうか。
しかし現役最後の九州場所は初日に結果的に引退の原因となった左足首の大怪我をしてしまいました。
翌場所カド番となりましたが、初場所は普通の状態でも大の苦手なのに、身体が満身創痍では良い結果が残せるはずがありませんね。これでは大関から陥落しても仕方がないか。
元大関豪栄道の武隈親方、お疲れ様でした。
あの全勝優勝の感動は一生忘れません。
平成以降の全勝優勝について
平成以降に全勝優勝を達成した力士を振り返ってみたいと思います。
平成元年秋場所 千代の富士
平成6年名古屋場所 武蔵丸
平成6年秋場所 貴ノ花
平成6年九州場所 貴乃花
平成7年秋場所 貴乃花
平成8年秋場所 貴乃花
平成16年初場所 朝青龍
平成16年春場所 朝青龍
平成17年初場所 朝青龍
平成17年夏場所 朝青龍
平成18年九州場所 朝青龍
平成19年夏場所 白鵬
平成20年名古屋場所 白鵬
平成21年春場所 白鵬
平成21年九州場所 白鵬
平成22年春場所 白鵬
平成22年夏場所 白鵬
平成22年名古屋場所 白鵬
平成22年秋場所 白鵬
平成24年名古屋場所 日馬富士
平成24年秋場所 日馬富士
平成25年初場所 日馬富士
平成25年春場所 白鵬
平成25年夏場所 白鵬
平成27年初場所 白鵬
平成28年夏場所 白鵬
平成28年秋場所 豪栄道
平成29年夏場所 白鵬
平成30年秋場所 白鵬
平成31年春場所 白鵬
令和3年名古屋場所 白鵬
令和3年九州場所 照ノ富士
全勝優勝回数(計32回)
16回 白鵬
5回 朝青龍
4回 貴乃花
3回 日馬富士
1回 千代の富士、武蔵丸、豪栄道、照ノ富士
元大関豪栄道を応援した日々
私は2015年初場所から2020年初場所までの丸5年間、豪栄道ファンでした。
私が豪栄道に興味を持ったきっかけは2015年初場所、カド番で5勝7敗から3連勝して千秋楽にカド番を脱出した時でした。
その後もギリギリ大関の地位を守り続ける姿を見て、怖いもの見たさでどんどん夢中になっていきました。2015年の豪栄道は8勝ばかりだったんですよね。
そして私を大の豪栄道ファンにした決定的な出来事が、2015年九州場所に2度目の千秋楽カド番脱出をした時でした。
この九州場所直前、豪栄道は手首を骨折していたんですよね。そんな状態でも必死に大関の座を守ろうとする姿に感動したのです。
それからは親が我が子を見守るような気持ちで応援していましたね。
まぁ大関に対して我が子だなんて失礼なんですけど(笑)。
とにかく目標は勝ち越しなんですよ。8勝すればそれで良いんです。私の感覚では二桁勝利なんておまけみたいなものでした。大関としてはそれではダメなんですけどね。
場所が始まる前は定期テストがこれから始まるような感覚。豪栄道が勝ち越しを決めた瞬間、定期テストが終わったような感覚。カド番脱出を決めた瞬間は気が狂ったように喜んだ思い出。
懐かしいなぁ。もう二度とあの感覚は味わえないんだなぁ。幸せだったな。
そして2016年秋場所、奇跡が起こりました。
全勝優勝です。優勝すら考えたこともなかったのに、まさか全勝優勝を成し遂げるとは。
そもそもこの場所はカド番だったんですよね。中日にカド番脱出した時には勿論アホみたいに喜びましたよ。
当時はもうその後の7日間はおまけみたいなものだとしか考えていなかった。9日目、10日目まではまだ何とも思っていなかったです。
そして11目の稀勢の里戦に勝って、あれ?これはひょっとしてひょっとするかもと思ったんですよね。
12日目の鶴竜戦にも勝って、その段階で初めて優勝を意識しました。
そして13日目。運命の日馬富士戦。相手は優勝を争う横綱。仕切り前に日馬富士と長い間睨み合い。
結果は逆転の首投げで勝ちました。あの首投げはその後何度見返しても感動しますよ。本当にあれ以上美しい首投げなんてこの世に存在しないですから。
結局これに勝ったことによって日馬富士は優勝争いから完全に脱落。残り2日間で2差で当時平幕下位にいた遠藤が追ってくるというほぼ優勝が決まった状態になりました。
14日目、玉鷲戦の前に遠藤が負ければその段階で優勝が決まったのですが、遠藤は勝ってその時点では優勝は決まらず。しかし豪栄道が玉鷲に難なく勝って悲願の初優勝。本当に感無量でした。
しかし後々よく考えると、千秋楽に琴奨菊に勝って全勝優勝を決めたことの方が大きかったですね。
全勝優勝と14勝での優勝では全然価値が違いますから。
その後その年の年末までずっと上機嫌でしたね。
しかしその奇跡の全勝優勝から1年後の2017年秋場所、信じられない、今でも信じたくないような悪夢、悲劇が待っていました。
独走状態からのまさかの3差逆転でのV逸。
もう悔しくて悲しくて、自宅の壁に八つ当たりして今でもその時に出来た穴が残っています。
その時もカド番でした。初日に負けてこれはヤバいなと思ったところから8連勝で9日目にあっさりカド番脱出。個人的にその翌日に引っ越しをしたので、何か運命的なものも感じました。カド番脱出した瞬間は勿論飛び上がって喜びました。
しかし1年前に全勝優勝を経験していたので、頭の中ではすぐにカド番脱出から優勝へと切り替わりましたね。
その後11目まで連勝が続いて11目が終わった段階で10勝1敗。後続は3敗と既にもう独走状態。
12日目。その3敗勢が全員負けて、これはもう余裕だなと思ったらまさかの松鳳山戦で負け。
それでもまだ残り3日間で2勝すれば良い状況と圧倒的に有利なのは変わらず。
しかし13日目の貴景勝戦でも負けてまさかの連敗。これでもう全く分からなくなってしまいました。
結局14日目には勝ったものの千秋楽の日馬富士戦で本割、優勝決定戦と連敗して大逆転で優勝を逃してしまう結果に。
奇しくも日馬富士に1年前の雪辱を果たされてしまう結末になってしまいました。
優勝決定戦で負けた瞬間即テレビを消しましたよ。勿論優勝インタビューも見ていません。そんなの悔しくて見られるわけないじゃないですか。
そんな悔しい思いをしてから2年後の九州場所。
去年の九州場所の初日の遠藤戦で左足首に全治8週間の大怪我をしてしまいました。
それが結果的に大関からの陥落、そして引退の原因にもなってしまいました。無念です。
あの大怪我さえなければまだまだ大関としてやっていけただろうに。無念です。
しかしどうしても納得がいかないのが、何故大関特例復帰の権利を行使せずに引退をしてしまったのか。
大関から陥落直後の場所で二桁勝てば大関に復帰出来るのに何故それを放棄してしまったのか理解が出来ません。
豪栄道は引退会見で大関から落ちることが決まってやる気がなくなったと言いましたが、大関から陥落直後の場所は実質大関みたいなものじゃないですか。何故そのように考えられなかったのか。
もしかしたら二桁勝てていたのかもしれないと思うと非常に勿体無いですよ。二桁チャレンジしてからでも良かったじゃないかと思います。